服部研究室のおもな研究テーマ

環境細菌(叢)のゲノム解析と生命システム解明

元来、細菌は数種〜数万種からなる細菌集団(叢)を形成して自然環境下に生息している。そこには、細菌 細菌 環境間の相互作用などの複雑多様な生命システム(生きるための総合的なしくみ)が存在する。しかし、細菌叢を構成する細菌種の99%以上は実験室で分離培養できず、その実体は明らかでない。そのため、分離培養可能な細菌を対象としたこれまでの研究や16Sリボゾーム遺伝子を指標とした分類研究だけでは、細菌(叢)がその環境下で発揮する本来の生命システムは見えてこない。そこで、この膨大未知な難培養細菌を含む自然環境下の細菌叢の生命システムを明らかにするために、細菌叢ゲノム(メタゲノム)の大規模なシークエンス解析を進めている。このメタゲノム情報には片寄りのない大量の遺伝子情報が含まれるため、発見される新規な細菌、遺伝子、代謝反応、代謝物質の数はこれまでの数百倍になることが必然見込まれる。これらは医療、エネルギー、食糧、環境等の幅広い産業分野において、これまでの限られた微生物資源をはるかに凌駕した多種多様なバイオ資源になると期待できる。
さらに、ヒト常在菌や感染症の原因である病原菌などのヒトを取り巻く細菌は、ヒトの健康と病気に関わる内なる遺伝要因であるヒトゲノムに対して、ヒトの生活習慣(食事等)を通した環境要因として捉えることができる。また、病原菌や常在菌は地球環境下に棲息している環境細菌と進化系統的に関係している。つまり、このような環境細菌のゲノム研究はヒトの健康と病気を包括的に理解する上で重要なテーマと位置づけられる。

図1:ヒトの健康と病気に関わる環境細菌ゲノム


本研究室では、次に掲げる研究テーマに取り組んでいる。


1.ヒト常在細菌叢のメタゲノム解析

ヒトの腸内に常在する腸内細菌叢は私たちヒトにもっとも身近な細菌叢であり、ヒトの健康と病気に密接な関係をもつことが古くから知られている。しかしながら、腸内細菌叢のもつ遺伝子組成や生態機能などの詳細はわかっていない。これは、腸内細菌の大部分が、嫌気性菌で分離培養が困難であることが大きな理由である。そこで、細菌叢のゲノム配列を直接決定して、培養、難培養にかかわらず、そこに存在する細菌の遺伝子情報を大量に獲得するメタゲノム解析に取り組んでいる。とくに、メタゲノムデータの情報学的解析では、遺伝子予測、遺伝子機能注釈、オルソログ遺伝子のクラスタリング(COG解析)、外挿法による COG及び細菌種数の推定、個人間や他環境間の比較解析等に有用な方法/技術論の開発を進めている。これらを通じて、腸内細菌叢の多様性、個人間や健康と病態間の相違、細菌叢のゲノム動態、代謝ネットワーク、分子レベルでの生態機能、細菌叢の形成機構等の解明に取り組んでいる。さらに、腸内細菌叢以外に、口腔、皮膚細菌叢などのヒト常在菌の解明も計画しており、ヒト常在菌叢の生態機能や生命システムの包括的な理解をめざしている。

 図2: ヒト腸内細菌叢のメタゲノム解析

日々の食餌が腸内細菌叢の作用/機能によって、代謝物等を生産し、それらが宿主細胞における遺伝子発現やエピジェネティクス的応答を引き起こし、最終的に宿主の生理機能の発現に至るプロセスを下図に示す。メタゲノム解析によって、このプロセスにおける食生活習慣(環境要因)であるアナログ情報を腸内細菌叢の菌種や遺伝子組成等の測定または比較可能なデジタル情報に変換でき、環境要因と宿主遺伝子の発現変化との関係を共通のデジタル情報で評価することが可能となる。つまり、病気発症における環境要因の作用機序を物質及び遺伝子レベルで解明できる。

 図3: 宿主に及ぼす生理機能機序

2.個別細菌のゲノム解析

私たちは最新鋭の自動シークエンサー等を活用した大規模ゲノム解析のトータルシステムを構築してきた。この大量解析技術を背景にして、これまでにヒト病原菌、産業有用菌、昆虫の共生細菌、ヒト常在菌など50種類以上の細菌のゲノム配列を決定し、遺伝子発見や比較ゲノム解析などの情報学的解析を駆使して個々細菌のもつ生命システムの解明を行ってきた。今後も、ゲノム研究の基盤であるゲノムシークエンスと情報学的解析技術の開発をさらに展開する。
微生物ゲノムプロジェクト一覧

3.その他のテーマ

特徴的な機能や生態を有する産業有用や自然環境細菌叢のメタゲノム解析も行っている。これらのメタゲノムデータからは、特徴的で産業応用できる遺伝子セットや代謝系、さらにはそれらをもつ新たな細菌種の発見が期待される。このほか、ヒトやチンパンジーなどの霊長類ゲノムの情報学的解析を機能および進化の観点から取り組んでいる。




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[服部研が関与した主な論文(2000年以降)]

  1. Nakabachi A. et al.: The 160-kilobase genome of the bacterial endosymbiont Carsonella. Science 314, 267 (2006).
  2. Itoh T. et al.: Identification of large ancient duplications associated with human gene deserts. Nature Genet. 37, 1041-1043 (2005).
  3. Watanabe H et al.: DNA sequence and comparative analysis of chimpanzee chromosome 22. Nature 429, 382-328 (2004).
  4. International Human Genome Sequencing Consortium: Finishing the euchromatic sequence of the human genome. Nature 431, 931-945 (2004).
  5. Ikeda H. et al.: Complete genome sequence and comparative analysis of the industrial microorganism Streptomyces avermitilis. Nature Biotech. 21, 526-531 (2003).
  6. Akman L. et al.: Genome sequence of the endocellular obligate symbiont of tsetse flies, Wigglesworthia glossinidia. Nature Genet. 32, 402-407 (2002).
  7. Hayashi T. et al.: Complete genome sequence of enterohemorrhagic Escherichia coli O157:H7 and genomic comparison with a laboratory strain K-12. DNA Res. 8, 11-22(2001).
  8. International Human Genome Sequencing Consortium: Initial sequencing and analysis of the human genome. Nature 409, 860-921 (2001).
  9. Shigenobu S. et al.: Genome sequence of the endocellular bacterial symbiont of aphids Buchnera sp. APS. Nature 407, 81-86 (2000).
  10. Hattori M. et al.: The DNA sequence of human chromosome 21. Nature 405, 311-319 (2000).
 
ja/intro.txt · Last modified: 2007/10/03 18:15 by oshima
 
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